戻る 進む――――― 守りたいなら強くなりなさい風に舞う桜の花弁の如く火の粉が舞う。 紅蓮に呑まれ崩れ落ちる《霊跡》 そこは古代、破壊と創造を司る龍の神に二人の巫術士が舞を奉納したとされる神聖な地。 突如として現れた【異形】の【ソレ】は、その地を紅い血と炎で彩った。 血に濡れ、冷たくなった骸を抱いて竦む俺に【ソレ】は容赦なく襲い掛かる。
死を覚悟したその瞬間、一陣の風が舞った 風になびく髪 刃を髣髴とさせる瞳 闇夜を紅く染め上げる炎と斬り刻まれた【ソレ】の骸を背に、その人は言った。 《 守りたいなら強くなりなさい ――― 》 感情を感じさせぬ、美しく整った冷たい表情(かお)で… ********************「やっべー!マジやべぇ?!よりにもよって初日からかよ…!」 全体を白で統一した厳格な雰囲気を漂わせる建物の中、一人の男が全速力でその階段を駆け上っていた。 額には珠のような汗が浮かび、息をハァハァと荒く弾ませている。 男の名は『鷹矢 皇海(たかや こうみ)』 この春、特別捜査機関である『陰陽院』に入院することになった新米陰陽師である。 彼は今、とても焦っていた。 (確か入院式の開始は9時30分からで、式は一時間ちょっとで終わる予定だったから…) ちらりと腕時計に目を落とす。 時計の針は無情にも、今の時刻が11時43分であると指し示している。 ……これではどれだけ式が延びていようと、流石にもう終わってしまっているだろう 顔からスッと血の気が引いた。 「ちっくしょうっっ!!寝坊だけだったら間に合ってたはずなのにっっ!」 ここに辿り着くまでに起こった数々の珍事を思い出し、顔を顰める。 脳裏を掠めた忌まわしいそれを振り払うかのように、階段を駆け上る足をさらに速めた。 会場まではあと数階。 陰陽院は規律に厳しい所であると試験前の説明会で散々聞かされている。 送られてきた採用通知にも『手続きは入院式当日、式会場でのみ受け付ける』と記載されているのだ。 もし会場に誰も残っていなかったら…? 嫌な予感が頭の中をぐるぐると巡る。 (頼む…!誰でも良いから残っててくれっ……!) ――― バンッ!! 祈るような気持ちで眼前に迫った白い扉、式の会場であった大会議場に飛び入った。 ……そこは片付けも終わり、人一人いない静かな部屋 「だめ…だったか………」 鷹矢はヘナヘナと崩れ落ちた。 「あぁぁぁぁ……どうすりゃいいんだよ、俺…」 入る前から失業(クビ)決定か?!いや、土下座して頼み込めば…… 頭を抱え自己嫌悪に陥っている鷹矢の頭上から、野太く威圧的な声が掛かった。 「……名前は?」
********************「……名前は?」 威圧的なその声に恐る恐る顔を上げた。 そこにいたのは長身でガッシリとした身体つきに厳つい顔。 太く逞しい眉に頬に走った刀傷。 『仁義』なんて言葉が似合いそうな強面の、紳士…
(ちょっ…待っ…!えっ?お、俺、来るトコ間違えたっ?!)声を出せずに固まる俺を鋭い眼光が面白くなさそうに一瞥する。 「間違ってないから安心しろ」 「へっ?!」 その一言だけ言うと、その男は部屋の隅に置かれた長机の方へと歩いて行った。 「あ、あのぅ…?」 ピタリ、足が止まる。 そしてぐるりと俺のほうを振り返って一言。 「受付はこっちだ。さっさと来い、新人」……えっ?うけ、つけ…?その言葉の意味を解すのに数秒かかった。 「う、受け付けぇぇぇっ?!」 意味を解し、思わず叫んでしまった鷹矢を男がギロリと一睨みする。 「……す、すみません」 眼光の強烈な鋭さに恐縮する鷹矢を見て、男はフンっと鼻を鳴らすと再びスタスタと歩き出す。 鷹矢も慌ててその後を追いかけた。 ********************カチャ…カチャカチャカチャ…… 節くれ立った指が軽快なリズムを刻みながら端末の上を走る。 後片付けも全て終わっただだっ広い部屋の中。 その部屋の片隅、二人の男が長机を挟んで向かい合う。 目の前の厳つい男は慣れた手つきでその端末を操り、何やら2、3入力した後、ぼんやりとその光景を 見ていた鷹矢に声を掛けてきた。 「…で、名前は?」 「た、鷹矢…皇海」 カチャカチャカチャ…… 粗雑そうな印象を与える出で立ちとは対照的に、端末を走る指先は非常に繊細で滑らかである。 そのギャップに内心驚きながら、鷹矢はじっとその様子に見入る。 「院生番号は?」 男の声にハッと我に返り、慌ててスーツの内ポケットに仕舞った院生証をゴソゴソと取り出し そこに書かれた番号を読み上げた。 「『42061182』」 男はそれらを素早く打ち込む。 ピッ!という電子音の後、プリンタから出て来た一枚の紙。 その紙を手に取り、端末画面と照らし合わせる。 やがて確認し終えたのか、その紙を俺のほうへと差し出した。 「『鷹矢皇海 22歳。所属部署は【討伐祈祷部】』…間違いないな?」 「あ、はい。それで間違いないです」 送られてきた採用通知の内容を思い出す。 ――― 討伐祈祷部 数ある陰陽院の部署の中で前線を担う重要部署。 高度な戦闘技術と豊富な知識を要求される部署なため、新人はエリートと呼ばれる者しか配置される ことはないと聞かされていた。 そんな凄い部署に俺が…? 採用通知を手にした時、我が目を疑ってしまったのを今でも覚えている。 だって俺は…… (天地がひっくり返っても絶対採用される事はないって言われてたんだもんなぁ…) 世の中何が起こるか分からないものである。 (でもこれで『あの人』に少しだけ近くなった) それは一年前の出来事。 鷹矢が陰陽院を目指す切っ掛けとなったある事件。 (『あの人』に恥じることのないよう、精一杯頑張らなきゃな!) 初日からの大失態で暗く沈んでた心に明るさが戻ってくる。 自分に渇を入れ受付の男に礼を言って立ち去ろうとした時、端末画面に目を向けたまま受付の男が口を開いた。 「それからお前の直属上司だが……」 「はい?」 ――― にやり 厳ついその顔が凶悪な笑みを浮かべた。 …メチャクチャ怖い 「【ヤツ】は奇人変人として院内では相当悪名高いやつだ。」 「…………え…?」 予想してなかった言葉に固まる俺を、男は腕を組み面白そうに見上げた。 鋭いその眼光には好奇の色がありありと見える。 「まぁ悪いヤツではない。…精々頑張ることだな」 「………はい」 …………なんか、物凄く先行きが不安…なんですけど……? 鷹矢 皇海、彼の陰陽師としての生活が今始まる